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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4467号 判決

原告 吉田七郎

右訴訟代理人弁護士 根本はる子

被告 千代田電興株式会社

右代表者代表取締役 村田広

右訴訟代理人弁護士 盛川康

主文

被告は原告に対し別紙目録(二)記載の建物を収去して別紙目録(一)記載の土地を明け渡し、かつ昭和三〇年三月二一日から右土地明渡ずみまで一ヶ月金九一〇円の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が本件土地の所有者であること、昭和二八年二月ごろ被告に対し右土地を期間を定めないで賃料一ヶ月金九一〇円、毎月末日払の約旨で賃貸し、被告はその地上に旧建物を所有していたが、昭和三〇年二月ごろ、その建物を取りこわしてその跡に本件建物を建築したこと、そしてそのころからあとなお本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

二、原告と被告との本件賃貸借契約において、原告主張の特約がなされたかについて判断する。証人藤本弥一、同吉田百代、同根本昌己の各証言、原告本人及び被告会社代表者各尋問の結果をあわせると本件土地は戦災後しばらく空地であつたところその後訴外林あや子がこの地上に旧建物を建築して土地の使用をはじめ、原告は昭和二三年ごろこれを知つたが、当時旧建物がそまつなバラツクであり林は罹災者であるということであつたので原告も同情して同人に本件土地を賃貸するようになつた、ところが被告は昭和二八年二月ごろ旧建物をその所有者林あや子から買受けるとともに当時原告のため附近の土地の賃料のとりまとめをしていた訴外藤本弥一を代理人として原告に対し右土地の賃借方を求めた、その際原告は右建物がもともとバラツクでその朽廃時期まで長くはないからその後は本件土地に自己の事務所を建築して使用したいと思い、藤本に対し被告がそのバラツクを改築しないで現状のまま使用することを条件として被告に賃貸することを承認したこと、その後被告において右バラツクを本件建物に改築するに際して、被告は改築については原告の承諾を要すると考え、そのころ原告にその承諾を得べくつとめたこと、原告は被告が原告の承諾なく右改築をしたことを知つて直ちに弁護士根本昌己をして厳重抗議せしめるとともに口頭で賃貸借解除を通告せしめたことが認められる。右事実によつて考えれば本件賃貸借契約において、被告は旧建物を無断で改修しないこととし、それに違反した場合は原告は直ちに(催告を要せず)賃貸借契約を解除し得るという特約があつたものと推認するのが相当である。右認定に反する部分の被告会社代表者尋問の結果は信用できないし、他に右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

三、被告は右特約は借地法の規定の趣旨に反し無効である旨主張するのでこの点について判断する。借地法は建物所有を目的とする土地の賃貸借において借地人が借地上に所有する建物を相当期間存続せしめることによつてその建物の社会的経済的効用を全うせしめるとともに、これを中心として営まれる借地人の生活関係を安定せしめようとし、そのために当事者の意思を規制して借地権の保護をはかつている。しかし右の法意に反しない限度ではなお当事者の自由な合意は尊重されるべきこと一般の契約と変りはない。本件賃貸借は建物所有を目的とすること前認定から明らかであり、とくに一時使用のためにするものと認めるべきとくだんの事情はないから借地法の適用を受けることは明らかである。しかし右に認定したような本件特約はその賃貸借の当初のいきさつからみて借地上の建物の構造の変更を禁止し、現状維持の状態におき、もつて借地使用の用法に制限を設けたものというべく、これがため借地人に認められた契約更新請求権ないし買取請求権等の権利を制限するものではなく借地人としてはその当初の旧建物が存続するかぎりはその賃借期間内の使用を妨げられることはないのである、一方賃借期間内でも地上建物が朽廃するときはこれによつて原則として賃貸借は終了すること明文上明らかであるから、もし借地人において自由に地上の建物を再築することができるとすれば建物朽廃の時期はおくれ、賃貸借更新の機会は増加し、また期間満了にさいし賃貸人が買取請求権の行使によつて出捐を強制される額は増大することとなるから、あらかじめ特約をもつてかかる改築を制限することに意味があるのであり、かかる趣旨の特約は借地法の前記のような趣旨に反するものとはいい得ない。もつともたんに無断改修を禁ずるといつてもその間おのずから解釈上一定の制限があることは当然であつて、建物の維持保存に必要な通常の補修の如きものまでも含むものではないというべきであり、そのことは原告本人尋問の結果によつても明らかである。しかし右特約においては前記のように旧建物をとりこわして本件建物を建築する如きは賃貸人の承諾なくしてはなし得ないものであることは多言をまたないところであり、かかる特約が有効であることは明らかである。

四、ところで被告会社が旧建物を本件建物に改築するについて原告の承諾を得なかつたことは原告本人尋問の結果から明らかであり、しかも被告の右改築行為は旧建物の維持保存に必要な通常の補修というべきものの程度を超えるものであることは前述の通りであるから、原告は前記特約の効力として催告を要せず賃貸借契約を解除する権利を有すること明らかであり、原告は昭和三〇年三月中旬ごろ被告に対し弁護士根本昌己を通じて右賃貸借契約を解除する旨意思表示をしたことは証人根本昌己の証言から認められるから、これによつて同日ごろ限り本件賃貸借契約は終了したものというべきである。従つて被告は原告に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務がある。

五、しかるに被告は、同日以後も本件土地を占有していることは当事者間に争いがないのであるから被告は原告に対し本件土地の返還義務履行の遅滞による賃料相当額の損害をこうむらせていることは明らかである。原告は本件土地の相当賃料は一ヶ月金四、五〇〇円であると主張し、証人根本昌己の証言中に右主張にそうような部分はあるが成立に争のない甲第三号証の記載と対比してたやすくこれを採用し難くその他にこれを認めるべき証拠はないから、本件土地における従前の賃料一ヶ月金九一〇円を以て相当賃料額と認めるべく、被告は原告に対し、本件賃貸借契約解除の日の後である昭和三〇年三月二一日から本件土地明渡ずみまで一ヶ月九一〇円の割合の損害金を支払う義務がある。

よつて原告の被告に対する本訴請求は右の限度において理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言については相当でないものと認めこれをしないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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